大企業で新規事業の企画推進を担当していると、アイデアを出すところから実現までにいそいろな人とかかわりながら、少しずつステップを踏んでいかなければならず、あらかじめ紛糾が予想される場合には事前調整やプレゼンに非常に気を使うものです。
そんな中でも、特に新規担当者が恐れるのが、これまで積み上げてきた立ち上げ準備をすべてひっくり返してしまいかねないような、意思決定上の阻害要因です。
今回は、私が経験した新規事業を立ち上げるまでにかかる意思決定プロセス上の悩みについてお話しようと思います。
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コンセンサスをとろうとしないで!
新規事業を立ち上げるには、まずは直属の上司に説明し、関係各所からの協力を仰いだりして、最終的には役員にプレゼンして承認をもらうなどの流れがあるはずです。
会社が組織である以上、リスク回避のためにはある程度はやむをえないことだと思っていますが、このステップが多ければ多いほど、スピードも遅くなり企画のトンガリも丸くなっていくのは、様々な研究結果でわかっていることです。
そもそも新規事業に100点満点の答えなどありえないので、まずは立ち上げてから失敗を繰り返しながら育成しくていくリーンスタートアップのようなやり方もあるはずですが、大企業で新規事業を企画するということは、過去の慣習やリスクを回避する企業文化などからそのようなやり方は敬遠されがちです。
各ステップでそれぞれの意思決定を繰り返すのはやむをえないとしても、そんな中でも新規事業の担当者がいちばん勘弁してほしいと思っているのは、各ステップでコンセンサスを取ろうとする行為です。
つまり、できるだけ多くの人の意見を聞いて、全員から賛同をもらわなければならないという考え方です。
確かにいろいろな意見を聞くことで、事前に回避できるリスクを洗い出しておくことができるかもしれませんし、客観的な意見を聞くことで企画をブラッシュアップできるかもしれません。
しかし、そもそも新規事業は、(少なくとも社内では)これまで誰もやったことがないことを始めようとする企画です。
誰もやったことがないことに対して、これまでの経験の話がどれほど役に立てるのか、よく考えてみる必要があります。
[audible]
むしろコンセンサスをとることのデメリットを、もっと真剣に考えたほうがいいと思います。
たとえば、一度誰かに意見を聞いてしまうことによって発生する、「その意見を尊重しなければいけない」という暗黙の負い目です。無思慮に周囲の意見を沢山集めてくると、いつの間にか発案当初のトンガリがつぶされてしまうものですが、このような無意識の「聞くリスク」をどれだけ真剣に考えたことがあるでしょうか。
意思決定は、できるだけ外部の意見を捨象してコンセプトの整合性から果断に決断することが求められるのです。そのためには、できるだけ意思決定のステップを少なくすることが理想だと思います。
みんなに意見を聞いたら、正しい判断ができるかという幻想は捨てるべきでしょう。
では、私が意思決定のステップでコンセンサスを取って、企画を推進する上でかなり負担になった対象(もう少しはっきり言えば、正直、上司の指示通りに聞かなくても良かった相手)は以下の通りです。
社内 「みんなはどう言っているんだ?」
現場とトップのすべての階層
営業の現場と商品開発の現場の意見を聞くように言われました。もちろんアイデアを思いついた時点で、すでに数名の有識者とは意見交換をしていたのですが、その意見では物足りなかったらしく、さらに数多くの意見を集めるように指示されました。しかし満足するまで多くの意見を聞くようなやり方をしていては、反対意見が出るまで聞き続けることになってしまいかねません。反対意見が出てくるとその対応が最優先され、企画のトンガリやコンセプトが蔑ろにされてしまいます。企画段階に、あまりにも多くの人を巻き込んでしまうと、とんがった意思決定ができなくなってしまうのです。
営業、販売促進、開発すべてのプロセスの声
各ステップで意思決定してもらうためには、新規事業のビジネスモデルにかかわる社内関係者にある程度意見をもらっておく必要があるのは当然のことです。そこで協力を得られようと、なかろうと、その状況を説明し、新規事業の立ち上げの可能性を率直に判断してもらう必要があるからです。しかし、各プロセスの「責任者」からのコンセンサス求めてしまうと、寝耳に水状態になってしまい抵抗モードになってしまうことが多々ありました。コンセンサスをとることよりも先に、市場可能性の判断と競争優位性が実現できるかどうかが先のはずですが、「できるかどうか」の言質ばかりが優先されるとこのようなトラブルになってしまいます。
第三者の声 「顧客に聞いてみたのか?」「コンサルの○○さんに聞いてみて」
「お客さまの声」や「第三者の声」といった、一見耳障りが良い言葉には反論を寄せつかない強い力があります。しかし、かならずしも、現在お付き合いのある顧客や外部(とくにコンサルタントなど)が正しい答えを持っているとは限りません。むしろ、企画を進める段階では有害な意見になってしまうことが多々あります。多くの場合、顧客は目の前のニーズだけで判断する傾向があり、専門家も、専門家であるが故に偏ったニッチな意見を述べてしまう可能性があるからです。もし市場調査をしたと考えているのであれば、今付き合いのある顧客の声やコンサルタントのコンセンサスを得るような愚を犯さず、プロトタイプの商品やサービスなどのできるだけ具体的な形を提供することで直接市場からの反応を得ることで検証すべきだと思います。
競合 「競合がいないということは、市場がないってことじゃないの?」
そんなに良いアイデアなら、競合はなぜやらないの?聞いてみた?といわれて、自社の新規事業の企画をライバル企業に聞くなんて、そんなナンセンスなことできるはずがありません。そもそも、競合がやっていないのは、それが儲からないからだというのは「先決問題欲求の虚偽」というレトリックです。実は、これは私の新規事業のアイデアをつぶすためのレトリック(というか強弁)だったのです。自分より立場が高い人からのレトリックに対抗するのは非常に苦労します。こう言われたとき、私は競合がやらない理由を、競合へのヒアリングなどではなく、異業種の成功事例や戦略理論などをもとに、あの手この手を使って説得する必要がありました。
さらに最悪なのは、定期イベントのたびにリセットされること
コンセンサスをとろうとする上司の下で新規事業を立ち上げるのは本当に苦労しますが、これは上司の性格や企業の文化が原因です。それとは別に、企業の制度や仕組み自体が、結果的に新規事業の企画推進を邪魔してしまうこともあるのです。
そう。異動や組織改編などのイベントです。
簡単に言えば誰かが異動するたびに、これまでとってきたコンセンサスを「またゼロから始めるの?」という、スゴロクで言えば振り出しに戻るみたいな、ゲームで言えばセーブデータの消去、仕事で言えば資料の保存忘れみたいなものです。やっと必死こいてここまでたどり着いたのに、すべての努力が水の泡になってしまうイベントに何度も出くわせると、思いっきりモチベーションが落ち込むのは保証つきです。
そもそも、異動や組織改編などのイベントは、本来は組織を活性化させるために必要な制度であり、私もその存在を否定するつもりはさらさらありません。これらは制度がしっかり稼動していれば本来避けられる問題でもあるはずです。
ただ、新規事業という性格上、これまでの既存事業とはちがったやり方なので、これまでの社内の常識や慣行が当てはめにくいモノなので、これらのイベントである程度は「ゆり戻し」があるのでしょう。なぜなら、新しい組織や上司にとっては、新規事業のほうが、ずっとリスクが高いからです。
それでも、誰かが異動するたびに、いちいちオールリセットで説明を繰り返しなければならないのは、たまりません。大企業だからこそ起こる問題だと思いますが、新規事業のアイデアが出てきた場合は、担当者を引き抜いて一部門に集め育てつつ、上長の異動時にはしっかりと引き継ぐことが、新規事業担当者のモチベーションを維持するために大切だと思います。
すべての経緯や事情を知っている環境から、突然何も知らない人ばかりの中で新規事業の推進を継続させなければならないのは大変しんどいものです。
新規事業担当者にとっては異動や組織改編によるオールリセットは必要悪以外のなにものでもありません。これから新規事業を企画しようと思っている人にとっては、心得ておいたほうが良いことだと思います。
さいごに
実は、これまで述べてきたのは、私が新規事業の立ち上げまでに毎年起こった出来事です。
このイベントのたびに改めてリセットし、違う相手からこれまでと同じ質問を受け、これまでと同じ説明を繰り返して、結局これまでと同じ結論で「継続検討」になってきたのです。
これらのイベントを経験したことで心底感じたのは、新規事業を担当する部門は会社の組織上のある一箇所に集約すべきだということです。一箇所に集約することで、新規事業をひらめいた担当者があちこち部門を渡り歩くことをなくすことができ、過去の経緯などの情報の共有化が図れ、アールリセットの危険性が減るはずです。
著者情報
工学系の大学を卒業後、大手通信キャリアでシステム開発、データ分析、マーケティング支援に従事。私費MBA留学し戦略コンサルファームに勤務。その後大手通信メーカーで新規事業立ち上げを10年以上。専門は新規事業立案、イノベーション、マーケティング全般。PEST分析やSWOT分析などのビジネスフレームワークの研修講師も担当。その他スキルに英語、ウェブ開発、動画制作なども。ブログは10サイト以上/ウェブサービスもいくつか開発経験あり。英語はTOEICは955点保持。結構変わった経歴だと思っています。詳しくはプロフィールをどうぞ。