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サーモスの成功とビジネスモデル【古典ケーススタディ】

      2017/11/10

サーモスってご存知ですか?水筒や携帯用のマグボトルで有名な魔法瓶メーカーですよね。
サーモスの水筒は軽い割りに保温機能がすぐれているので、コーヒー代を節約するために、朝自宅で淹れたコーヒーをサーモスの水筒にいれて会社に持参している人も多いかと思います。実は、海外では「魔法瓶といえばサーモス」といわれるほどのブランド力がある会社なんですよ。

そんなサーモスの水筒ですが、実はこれ、業界の常識をひっくりかえしたイノベーションの事例としても有名なんです。とくに保有技術を活用して他業界に新規参入できた成功例として、どの会社ででもおこりえる、とっても参考になる話なのです。イノベーションといえば難しそうなイメージがありますが、自社のリソースをうまく使った例として、見習いたいものです。

それでは、サーモスが何をしたのか見ていきましょう。

※ちなみにケーススタディとは何かについての記事もありますので、興味がありましたらぜひご覧ください。
ケーススタディをやる意味や進め方。本当に知っていますか?

背景

魔法瓶の歴史は長く、1892年代にイギリスの科学者ジェームス・デュワーがガラス構造による保温技術を使ったボトルを発明したことから始まっています。
その保温技術とは、ガラスの層を二重にして間の空気を抜き真空にすることで、保温性能を高める技術でした。

その後、約90年後の1970年代末までガラス構造の魔法瓶が使われ続け、一般家庭でも魔法瓶の業界でも魔法瓶といえばガラス容器であることが常識でした。
誰も、疑う人なんていなかったのです。

現状認識と発想の転換

当時は、魔法瓶はガラス製であることが常識だったので、無意識のうちにガラス容器で実現できることが魔法瓶自体の限界であると考えられていました。

つまり、「ガラス容器で保温」するのだから、ガラス容器でできる保温性能が魔法瓶の性能の限界であり、割れやすく、重く、氷を入れにくい構造になっているものであって、それは仕方のないことだとされてきたのです。

そんな業界常識で覆われている魔法瓶業界に参入しようとしたのが、当時は日本酸素(現在の大陽日酸)という会社だったサーモスでした。日本酸素は、工業用ガスメーカーとして、液体窒素などを安全に取り扱うための容器に必要な工業用高圧技術(真空断熱技術や金属加工技術)をつかった装置の開発も成功していて、その用途を模索していたのです。

魔法瓶業界では常識とされていることでも、他の業界の新規参入者にとっては常識という認識すらありません。サーモスは、保有リソースである工業用高圧技術等を応用したステンレス製魔法瓶の開発に着目します。

解決策としくみ

保有技術の応用

そもそも業界常識がないので、魔法瓶のあるべき姿に対しても、制約なく機能性と合理性を追求した本来のあるべき姿を模索することができました。つまり、「ガラスでなければならない」といういわゆるメンタル・ブロックを持たないで済んだのです。
魔法瓶の機能的な理想の姿が、保温性と使いやすさ(あと価格)にあるのであれば、ガラスでなくてもいいはずです。
これまでガスメーカーとして開発してきた高圧技術が、魔法瓶のあるべき姿である保温性と使いやすさを高度に実現できるのであれば、新しい市場を生み出せるはずです。
このような業界の常識にとらわれない考え方が、ステンレス製の魔法瓶を生み出すきっかけになったのです。

真のあるべき姿と顧客価値の増大

新しい市場の開拓に寄与したのは、高圧技術という自社の保有するリソースを応用できたからだけではありません。これでは供給側の開発技術が違うだけであって、消費者にとってはどっちでも良い話です。問題なのは、この技術を使うことによって提供できる顧客価値でした。

従来の魔法瓶はガラス製品というだけでいろいろな問題点がありました。
それは、「重い」、「割れやすい」、「氷を入れにくい」などのガラスという制約条件が引き起こす構造的な課題でした。サーモスが成功したのは、まさにサーモスの持つ高圧技術によって、これらの問題をすべて一挙に解決できるということでした。
たとえ高圧技術をつかった新しい魔法瓶であっても、相変わらず重く、割れやすく、氷を入れにくいものであれば、だれも見向きもしません。おそらく、工業用ガスメーカーの商品よりも慣れ親しんだ商品を購入していたことでしょう。
サーモスの成功要因は、これらの問題を「薄く、軽く」、「丈夫で」、「氷も入れやすい」新しいステンレス製の魔法瓶で解決したことによる、顧客価値の増大だったのです。

決め手

1979年にサーモスの新しいステンレス製魔法瓶が販売されると、その後急速な勢いで業界常識であったガラス容器の魔法瓶に取って代わることとなりました。

しかし、従来型の魔法瓶を提供していたタイガーや象印などのライバル企業にとっては、ステンレス製魔法瓶を製造する技術を持つことができません。
したがって、その結果、これらの競合メーカーは日本酸素からOEM調達(他社に製造を委託すること)をすることになって行きます。

このライバル企業へのOEM供給によって、一躍、ステンレス製が事実上の標準(デファクト・スタンダード)になります。サーモス単独の商品提供では業界標準化は実現できなかったはずですが、ライバル会社へOEM供給することで、業界標準を獲得することに成功できたのです。

そもそもサーモスというブランドは、もともとヨーロッパを中心に展開しているドイツのテルモスという家庭用品メーカーのものでしたが、日本酸素はこのテルモス・グループを傘下におさめて海外市場でもシェアを伸ばし、2001年に日本酸素はサーモス事業部を分社化し、現在に至りいます。

まとめ

サーモスの成功要因はいくつもあります。まず一番初めに思いつくのは、「保有技術の高さ」です。高圧技術を開発できたことが、魔法瓶業界のブレークスルーを生み出したことは間違いありません。
しかし競争戦略としてこのケースを考える場合、技術を開発したのが魔法瓶業界のプレーヤーではない日本酸素であったことが、より重要です。魔法瓶業界にいた従来のプレーヤーからすると、ガラスであることが常識とされていたため、ガラスの技術的な課題を所与の条件と捕らえてしまい、結果的に本来のあるべき姿を放置してしまったことが、他業界からの参入を招いたともいえるでしょう。

他業界からの新規参入の事例は他にもありますが、このようなほかの業界で開発された技術が、参入先の業界構造を壊滅的に破壊してしまうことが多々あります。逆に言えば、どんな会社であっても、現在保有している技術を応用することで他の業界への新規参入を促すこともできるといえるのです。

また、パイオニアとしてのブランドを確立したことも大きかったはずです。サーモスが魔法瓶業界で成功できたのは、世界で初めて「高真空ステンレス製魔法瓶」を開発した企業という地位を確立することができたブランド力が参入障壁を作り上げたのだと思います。

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