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アサヒビールの成功とビジネス・モデル【古典ケース・スタディ】

      2016/02/05

日本人は判官びいきな人が多いので、立場が弱い人が強い人に立ち向かってがんばっている姿に感情移入し、つい応援したくなる人が多いといわれています。
その一方で、逆転現象は努力や運だけでは起こりえません。勝ち目がないと思われている状況をひっくり返すのだから、「戦略」が大きな力を発揮する分野でもあります。きっと、難易度がたかく、ほとんどお目にかかれないからこそ、希少価値がうまれ人々を魅了するのだと思います。

そんな人々を魅了する逆転劇ですが、今回は社会現象にまでなった大逆転劇をケーススタディに取り上げたいと思います。

背景

アサヒビールは1889年に創業した老舗ビール会社です。はやくから商業用チャネルを押さえることに成功し、戦前は独占企業でしたが、戦後の復興期に一般家庭にもビールが普及し始めたなか、会社分割のもたつきもあってうまくニーズの変化に対応できず、次第にシェアを落としていきました。
一方、ライバルのキリンビールは商業用チャネルを持っていなかったことから、以前から一般家庭用チャネルで細々と生き残っていたことが幸いして、うまくニーズの変化の波に乗れて成功し、シェア60%を超える業界最大手に成長していきます。

そんな中、アサヒビールは本物志向にこだわり、積極的な設備投資により本場ドイツのビールを参考にした、本格的なビールの開発と販売をめざしましたが消費者からの支持はなく、「夕日ビール」と揶揄されながらシェアはますます衰退する一方でした。
ニーズへの対応の遅れは大きく、ついに80年代中頃にはシェア10%以下に転落し撤退に追い込まれていました。

現状認識と発想の転換

当時、ビール業界全体には「消費者は味がわからない」という思い込みがありました。そのため、ビールの味そのものではなく、イメージ広告や特典、容器の奇抜さなどをアピールして消費者をひきつけるのが業界の勝ちパターンだと思われていました。そんななか、アサヒビールは業界の勝ちパターンにのるためにどこよりも先に新しいことをやるのですが、すべて後からキリンビールにまねされて結局コストだけがかさみ、シェアは低下していく悪循環に陥っていました。

ここに至って、ついにアサヒビールは発想を転換します。つまりビール業界の常識に反して、「もしかしたら消費者は味がわかるのではないか?」といった視点で、消費者が本来もとめている味を調査しはじめるのです。その結果、昔と違って今の若者たちは洋食文化に親しんでいるので、いままでのような苦いビールや甘いビールではなく、もっと軽いビールが求められているのではないかという結論が得られました。
しかし、それはアサヒビールの本格ビール志向とは正反対のビールでした。

これまでアサヒビールがおいしい「はず」と思い込んでいた本格的な重いドイツビールではなく、のど越しを重視した辛口のビールを受け入れる自己否定をする必要があったのです。

解決策としくみ

そしてアサヒビールは、自己否定を受け入れる決断をします。
運よく(?)スーパードライ酵母(318号酵母)という消費者ニーズに合致するビール酵母をも発見し、ついにまったく新しいビールの開発に乗り出すことになります。

しかしアサヒビールが優れていたところは、消費者志向の商品開発を業界で率先してはじめたことだけではありませんでした。つまり、消費者はビールの味がわかるということは、最もおいしい状態でビールを家庭に届けることがいちばん重要なことだと気づいたのです。
消費者の生活スタイルの変化に合わせた商品開発と、最高の品質を提供するために必要な条件を整えることで、消費者と直接コミュニケーションをとり、販売チャネルからではなく消費者から銘柄を選んでもらうために必要な対策をうつ。おそらく、このような戦略があったのではないでしょうか?

そのために必要なことはなんでもやりました。
たとえば、鮮度のもっともいい状態で酒屋においてもらうしくみを考えたり(フレッシュ・ローテーション)、ビールが生まれ変わったことをビジュアル的にもわかってもらうために会社のロゴを変更したり(CIによるコーポレートブランドの変更)、おおくの消費者にのど越しのよいビールを飲んでもらい、その様子を多くの人に見てもらうしくみを考えたり(100万人試飲キャンペーン)、いち早くコンビニを活用するために缶ビール主体に移行したり、さまざまな業界初の試みを積極的に実践したのです。

決め手

その後、アサヒビールの新商品「アサヒスーパードライ」は熱烈に消費者に受け入れられて、アサヒビールは急激なシェア回復を達成することになります。それをうけて、競合ビールメーカーも同じようなコンセプトの似たようなビールを出しますが、商品があまりに酷似していたため知的所有権問題に発展し、それをマスコミがかぎつけ「ドライ戦争」として大々的に報道したことで、スーパードライは一躍大ブームとなり、社会現象になっていきます。ビール以外の商品にも(食品以外でも!)、「ドライ」と名のつく商品がでまわるようになったりしました。

このように消費者志向の商品開発は大きく受け入れられて、ついに、2000年にアサヒビールは同一市場内で競争で大逆転することになります。まさにこれまでの常識を否定し、消費者に選んでもらうという原点にたった発想の転換の勝利でした。

まとめ

アサヒビールの大逆転劇には、「消費者から支持される商品を作る」という商品開発の原点に立ち戻ったことが大きかったと思います。もちろん、最適な酵母の発見や、CI活動、フレッシュローテーションなどの戦術面も大きく貢献していると思いますが、業界の常識にとらわれず消費者は味がわかるのではないか?という視点で、これまでのしがらみを払拭することができたのが、ターニングポイントだったのはないでしょうか?

常識を疑うというのは、言葉でいうのは簡単なんです。でも、自分たちが何を常識としているのかを自覚することはとても難しいことです。なぜならば、常識というのは意識しないでも常に頭の中に居座っている見識のことなのだから。「これって常識だよね」と言っていることはすで常識ではないのです。きっと「常識だよね」と思うことすらできないのが、本当の「常識」なのでしょう。

そんな常識を発見するためには、アサヒビールが決断したような「自己否定」が必要なのかもしれませんね。

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